名古屋で生まれた、きらめきの工芸。
七宝焼は、現在でも名古屋をはじめ日本の各地で製作
されていますが、「省胎七宝」は、明治時代にフランスからこ名古屋に伝わり、この地で独自の進化を遂げた、特殊技法で作られる工芸品です。
「省胎(しょうたい)」とは、うつわのもととなる金属の銅の部分=「胎」を、酸で溶かして(省いて)しまう技術のこと。通常の七宝は光を通しませんが、この技法で、釉(ガラス)と銀だけが残るため、ステンドグラスのような美しいきらめきが生まれます。
この省胎七宝の創始者のひとり、加藤清市(明治17~昭和39)は、酸の比率や割れの防止などの試行錯誤を繰り返し、独自の技術を完成させ、息子の加藤耕三(大正3~平成2)とともに、この名古屋から、この工芸を世界にとどろかせました。
現在、加藤清市氏の作品は、仏、ルーブル美術館など世界の美術館に所蔵されていますが、実際に現存しているものはとても少なく、またこの技術を継承することも難しいため、希少な作品となっています。